言葉で捉えたものと、見落としているかもしれないもの

今回のいけばなでは、葉の色が変わりつつあるモンステラとホトトギスを組み合わせました。
どちらも「葉の黄変」という言葉で表すことができます。異なる植物ですが、緑と黄色が混ざり合う様子には共通点があり、生けてみると自然な調和が生まれました。
一方で、一枚一枚を観察してみると、決して単に「黄色い」わけではありません。
鮮やかな緑が残る部分、黄色へと移ろう部分、その境界の絶妙なグラデーション。同じ「黄変」という言葉を使っても、葉には多様な変化がありました。
全体を見れば、共通する変化に気づく。
一つひとつを見れば、それぞれの違いに気づく。
この体験から、古代インドの聖典『リグ・ヴェーダ』の一節を思い出しました。
「実在は一つ。賢者たちはそれをさまざまに語る」
(第1巻164讃歌46詩節)
一つの実在をさまざまな名前で語ることもあれば、異なるものを一つの言葉で捉えることもあります。
私たちは物事を理解し、効率よく扱うために「名前」をつけ、「分類」し、共通点を見つけます。
一方で、便利に分類できた安心感から、その分類に収まりきらない「個別の違いや変化」を見落としてしまうこともあります。
共通点を見つける「抽象化」も大切。
違いを見つける「個別観察」も大切。
ひとつの言葉やカテゴリで理解したつもりにならず、その言葉が指し示している「目の前の実態」に、改めて目を向ける機会となりました。